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平成21年高等学校学習指導要領に対応した生物分野の教科書に見られる用語の研究(概要)

渥美茂明1)・笠原 恵1)・市石 博2)・伊藤政夫3)・片山 豪4)・木村 進5)・繁戸克彦6)・庄島圭介7)・白石直樹8)・武村政春9)・西野秀昭10)・福井智紀11)・真山茂樹12)・向 平和13)・渡辺 守14)
1)兵庫教育大学,2)東京都立国分寺高等学校,3)名古屋市立向陽高等学校,4)高崎健康福祉大学人間発達学部,5)大阪府立泉北高等学校,6)兵庫県立神戸高等学校,7)近江兄弟社高等学校,8)東京都立淵江高等学校,9)東京理科大学理学部,10)福岡教育大学教育学部,11)麻布大学・生命・環境科学部,12)東京学芸大学教育学部,13)愛媛大学教育学部,13)三重大学
A study on the selection and standardization of educational terms on biology.

1.研究開始当初の背景
平成21年3月に改訂された高等学校学習指導要領(1)で設けられた科目「生物基礎」と「生物」では,分子生物学の新しい知見を取り入れるとともに,科目の大枠を単元構成で,取り上げるべき内容は最低限の内容の例示となった。その結果,取り上げる話題に教科書ごとの差が生じ,ページ数の極端な差や用語の数に差が高校教員の間に危機感をもたらした(2)。用語の実体を明らかにしようと,日本生物教育学会では生物教育用語検討委員会を設置して,教科書中に使われている用語の収集と分析に取り組んできた。その様な中,日本学術振興会の科学研究費を得て,2015年4月に渥美を研究代表者とする「新学習指導要領に対応した生物教育用語の選定と標準化に関する研究」が組織され,学会の取り組みを引き継いだ.本報告はこの研究をまとめたものである.
2.研究の目的
高校の教員からは用語が多すぎるという苦情が(2),大学教員からは専門教育の円滑な実施に必要な用語の習得の要望が寄せられ(3),生物教育に混乱が生じた。高校生物の教科書で使用されている生物用語を抽出し,教科書間の差異を明らかにするとともに,用語選択の指針とするために用語の重要度を評価し,さらに,用語のゆらぎを解消すべく推奨語を選考することを目標として,研究を進めた。
3.研究の方法
《調査の対象》「生物基礎」の標準版と大判版の2種を5社(第一学習社(以下第一),東京書籍(以下東書),数研出版(以下数研),新興出版社啓林館(以下啓林),実教出版(以下実教))のあわせて10冊,「生物」は5社5冊を取り上げた。生物基礎については,さらに,3年後から使われた版(改訂版とよぶ。これに対して初年度から使われた版を初版とよぶ)も調査対象とした。従って,「生物基礎」は5社10冊の教科書の新旧2版,計20冊の教科書を調べた。
《用語について》各社の教科書から,太字で表示された言葉,索引に掲載された言葉,見出しに用いられた言葉を用語として抽出した。用語の使用状況を記録する中で,太字でもなく索引にも見出し語にもない用語があることに気付き,これらも用語とした。
《調査項目》教科書ごとに該当する用語がどの単元に出現するか,さらに,その語が出現する代表的な1文,ないし1文節を抽出し記録した。併せて,その語の出現したページも記録した。用語が,本文(見出しを含む),囲み記事(発展や参考と名づけられたコラム),脚注,図表中の用語や用語を含む文,実験(観察を含む),探究とその他(資料,見返しなど)のいずれにあったかを記録した。「生物基礎」では6つの大単元ごとに調査し,「生物」では25の単元について調査した。ある単元に1つの教科書だけが掲載する用語を「独自用語」とし,各単元にどれほど存在するか調査した。
《用語の評価》この研究に参加した者による用語の評価を行った。単元ごとに採集した用語に対して,4段階の評価を行った。学習指導要領などに定められた事項を記述する必要最小限の用語をA,それらの事項を説明するために必要不可欠な用語をB,それらの事項に関連して取り上げても可と考えられる用語をC,取り上げなくても良い用語をDと評価した。A,B,C,Dの各評語に対して5,4,3,1ポイントを付与し,評価者の属性(大学教員と高校教員)ごとに平均値を算出し,評価点とした。大学教員も高校教員も4.4ポイント以上を与える語を最高評価の用語とした。最高評価の用語を除いた残りから,両者が3.8ポイントを上回る評価点を付ける語を高評価の用語に分類した。
4.用語の使われ方の概要
《用語の状況》生物基礎では1226語(延べ1360語,単元ごとに数えた用語の総和を延べ数とした)の,「生物」では1957語(延べ2643語)の用語を調査した。
《「生物基礎」の用語の概況》「生物基礎」では用語の延べ数は実数の約111%にとどまった。「海底熱水噴出孔」,「光合成」,「多細胞生物」と「葉緑体」の4語が3つの単元に出現したほか,2つの単元に出現した語が65,残りの用語は1つの単元にしか出現しなかった。より多数の単元に出現する用語が鍵になる語であると考えるには,わずか2つの単元にしか出現しなかった語が大半では,これらを「生物基礎」における重要な用語であるとするのは難しい。このような結果となったのは,「生物基礎」をたった6つの単元に分けて用語を収集したためだとも考えることができる。試みに,「生物基礎」を12の小単元に分割した(表1) すると,「植生の多様性と分布」に出現する「荒原」は「植生と遷移」と「気候とバイオーム」の2つの単元に出現することになる。また,4つの単元に出現した「光合成」は「生物の特徴」,「植生の多様性と分布」と「生態系とその保全」の3つの単元の6小単元で使われることになり,多くの単元に出現する用語を重要な用語と見なせるようになる。

Table1

《「生物」の概況》「生物」の延べ数は実数の約135%に上った。最も多くの単元に出現した用語は「遺伝情報」で10単元に使われていた(表2)。次いで,「受精」と「突然変異」が9つの単元で,「多様性」が8つの単元で使われていた。「遺伝子」,「交配」,「光合成細菌」,「染色体」,「翻訳」が7つの単元に,「RNA」,「クロマチン繊維」,「化学合成細菌」,「花粉」,「原核生物」が6つの単元に登場していた。

Table2

「生物基礎」では,「遺伝子とその働き」の1つであったが,「生物」では遺伝子に関連する単元は「遺伝子とその発現」,「遺伝子の発現調節」,「バイオテクノロジー」の3つに分けて調査した。「生物基礎」では2単元であった。複数の単元で用語として記録される語が11%程度しかないが,「生物」では約22%同じ語がさまざまに使われていた。
《独自用語の出現》「生物基礎」の初版では,第一の標準版の教科書には延べ800語あまりの用語が使われ,そのうち114語が各単元での「独自用語」であった(表3)。しかし,全ての単元で用語数と独自用語数が多かった訳ではない。第一以外の標準版の教科書は,どれも1単元でのみ「独自用語」数が最大になった。用語の総数に対する独自用語の総数の割合は第一が最も大きく(約14%),啓林が約12%であったが,残りの3社は7%以下であった。大判の教科書では,第一の独自用語が最も少なく,東書,数研と啓林は独自用語が10%を超えていた。

Table3

改訂版では,標準版も大判も,ともに啓林の教科書で独自用語が最も多く,第一と数研の教科書が独自用語の少ないグループとなっていた。一方,東書は大判も標準版も用語数を増やし(頁数も増えている),他の教科書並みの量になった(4)。換言すれば,中間改訂によって,「生物基礎」の教科書は独自用語が多からず,しかし,皆無ではない適度に個性的な教科書に変身したといえるだろう。
「生物」の各教科書もそれぞれ特色を出そうとして,さまざまな話題を取り上げている。それは,各教科書の用語数と独自用語の総数に見ることができる(表4)。5つの教科書全体で実数1957語(延べ2643語)の用語に対して,最も少ない実教でも延べ1500弱の用語を,最も多い教科書(数研)では延べ1700語近い用語を用いている。東書と実教を除く3つの教科書では110語余りの独自用語を使っており,これは,第一の「生物基礎」標準版の初版に匹敵するが,「生物基礎」に比べ広範囲で深い内容を扱うことを考慮すれば,少ないといえるだろう。多くの単元でこの3つの教科書が,単元ごとの独自用語数の最大値を記録していた。一方,用語の延べ数が最少だった実教の教科書では独自用語も全体でわずか35にとどまっていた。

Table4

東書は独自用語数の総計は100を超えなかったが,30もの独自用語を使った単元があった。また,数研では22の独自用語を使う単元が見られた。「生命現象とタンパク質」では実教以外の教科書は多くの独自用語を使っていた。似た傾向は「遺伝子とその発現」や「植物の環境応答」にも見られた。多様な教材を使った多様な説明が可能な単元では,独自用語が増える傾向があるといえる。
5.「用語」の評価の結果
「生物基礎」初版の大判と標準版の用語を収集したデータをデータベースへ入力し終え,最初の統計情報が得られた段階で単元ごとに分担者と協力者が上述の基準に従って評価した(2015年)。用語の追加があったので,2016年秋に評価を見直した。その結果は2017年1月の生物教育学会全国大会で公表した。評価者の属性ごとに評価を集計した。「最高評価」の用語が64語,「高評価」の用語が87語となった(表5)。どの用語も,基本的な(物質的)存在ないし概念を表す語といえるだろう。

Table5

 「最高評価」と「高評価」に入らなかった用語には評価者の属性が反映した傾向が見いだされた。「生態系とその保全」を除いた単元で,大学教員が高校教員より1.5ポイント以上高く評価した用語があった。特に「生物の特徴」と「遺伝子とその働き」では大学教員が多くの用語に高評価を付けた(表6)。専門領域の研究や教育に強い興味と関心のある大学教員は,個々の用語に執着があると想像される。

Table6

「生物」では25の単元の1つずつについて用語を集め分析したので,延べ数が実数を大きく上回った。そのため,複数の単元に出現する用語が多く存在した (表2)。2016年に生物の用語の評価リストを作成し,2017年上期に評価を行った。追加の用語と評価の見直しを2017末までに行い,結果を2018年の生物教育学会全国大会で公表した。「最高評価」を得た用語は116語,「高評価」を受けた用語は225語であった(表7)。学術会議の報告(3)で最重要や重要とされた用語の多くが,この2つの表の用語と共通に見られたが,それぞれに独自な用語もあった。

Table7

「生物基礎」の場合と同様に,大学教員が多くの用語に高い評価を与える傾向が生物の用語でも見受けられた(表8)。窒素代謝,バイオテクノロジー,減数分裂と受精,遺伝子と染色体,動物の発生では大学教員の評価が高い用語が多くあったが,その逆となった用語が存在しなかった点が特筆される。評価者の属性が用語の評価に大きな作用をもつことは,教科に使われる用語を精選する行為に対して警鐘を鳴らすものと考えられる。例えば,研究者を中心に組織された学術会議の委員会で選定すれば,当然,研究者の視点から用語が選ばれることになるだろう(3)。

Table8

6.用語のゆらぎについて
用語のデータベースを作成している中で,多くの表記のゆらぎが見つかった。例えば,ハ虫類には漢字制限に起因するゆらぎ,MHCやかま状赤血球症には略号や標記のゆらぎとともに,指し示す対象の違いなどを反映したゆらぎがある。漢字を制限されているときの対応は難しい問題である。は虫類の表記は,先頭の「は」を爬虫類の「は」と素早く認識するのは,文字の並び具合によっては難しいことから,見苦しいという意見もあるハ虫類を推した。DNAなど新聞紙上にも躊躇なく用いられている言葉は,初出時にDNA(デオキシリボ核酸)と書き,後は全てDNAと略記するのが良いと考えられる。日常的に使われる,あるいは教科書中で繰り返し使われる用語は,初出時に「略号(名称・full name)」として,あとは略号で表記するのが良いと考えられる(表9)。

Table9-1 Table9-2

《菌類と細菌類の表記について》酵母あるいは酵母菌は「生物基礎」では3単元,「生物」では5単元で使用される頻度の高い語である。どちらの語を使用するかは教科書毎に異なっていたが,単元で使用する語が異なる教科書もあった。酵母菌は細菌類であると誤認識される場合が多い。一方,酵母菌の名称は代謝・呼吸の単元では乳酸菌や納豆菌と共に使用され,バイオテクノロジーの単元では大腸菌と共に使用されることも多い。混乱を防ぐため,細菌類の名称を含め用語の検討が必要である。《DNAにまつわる用語のゆらぎについて》近年の分子生物学の進歩に伴い,高等学校理科「生物基礎」と「生物」の教科書では新たな用語が多数取り入れられた。その中でも生物基礎「遺伝子とその働き」および生物「遺伝子とその発現」に出てくる用語は,カタカナ表記やアルファベット表記の用語が最も多く,日本語表記の用語との混在により,ゆらぎ語が発生している。これらの単元では,生物用語として適切な用語を最小限選び,ゆらぎ語を解消することが必要であると考えられる。
《細胞周期について》現行の学習指導要領では,「遺伝情報の分配」を「細胞周期と関連付けて扱うこと」とあり,遺伝情報がどのように次世代の細胞に伝わっていくかを理解するためには細胞周期の理解が重要となっている。しかし,高校生物における細胞の機能に関するいくつかの記述には,教科書によるゆらぎが多々見られ,とりわけ「生物基礎」の各教科書における「細胞周期」に関する記述においては,G1,S,G2,M期ならびにその日本語表記において,教科書間でその取扱いに若干の差異が存在する。したがって,その意味を正確に理解するためには,表記の再考を行う必要があると考えられる。
《生態学に関連する論点》単元・生態における用語の使用において,個別の事象の説明に重きが置かれてしまい,一般則がなおざりにされていることが多く見受けられた。各用語にヒエラルキーを付けずに羅列したことは,この単元で何を教えるかを吟味していなかったからのように思われる。また,用語の出典等を理解せずに使用した部分も散見された。いずれにしても,用語の使用方法を概観する限り,自然科学の方法論を理解した説明とは言いがたかった。
《細胞と分子について》生物「生体物質と細胞」,「生命現象とタンパク質」では,生徒に「細胞と分子」について理解させることを目標としている。細胞の構造では,ミトコンドリアや葉緑体や,その他の細胞小器官,構造体を扱っているが,働きが重要で観察されやすいものに限定し,細胞骨格とその構成成分,働きの概要を超えた用語は扱わなくて良いだろう。生体膜にふれてもチャネルの分類や浸透圧の詳細な説明は必要ないが,タンパク質分子が物質輸送に関わる仕組みに膜タンパク質が関わっていることは扱うべきだ。神経系や内分泌系における細胞間の情報伝達については,細胞膜または細胞内の受容体と伝達物質との相互作用を扱う。免疫は生物基礎で学習しているので,生物では抗体の抗原認識に関わるタンパク質としての仕組みを扱う。酵素については,その働きに酵素タンパク質の立体構造が深く関わっていることを扱い,筋収縮は,生物の環境応答で学習すれば良いだろう。
《減数分裂と遺伝の内容と用語について》生物「減数分裂と受精」「遺伝子と染色体」では減数分裂から受精の過程を経て多様な遺伝的な組み合わせが生じることを理解させることをねらいとしている。これらの単元では従前の遺伝の領域で使用されていた遺伝に関する用語や遺伝現象がその名称とともに扱われていた。これらの用語は精選する必要がある。また,生物学の現状の説明のみではなく,文脈をもたせた用語の取り扱いによって,科学的な見方・考え方の習得につなげることが重要である。ヒトの遺伝に関する内容の取り扱いについては積極的に進め,医学・医療との関連を強め,実感が伴う理解につなげる必要がある。
《進化に関わる内容と用語について》現行の学習指導要領では,「生物の進化」については,おもに生物で取扱われ,生命の起源や生物が進化してきた道筋について,進化の仕組みと合わせて理解させることが主なねらいとなっている。そもそも「進化」という用語の意味を,生物学における適切な意味で使用し,生徒に理解させることに配慮すべきである。生物学の文脈であることを十分に意識させれば,「生物の進化」や「生物進化」のように,生物を付けて生物教育用語には採用すべきでない。表記の異同や揺らぎを統一する必要がある。例えば,「自然淘汰」は「自然選択」に,「収束進化」と「収斂進化」は「収れん進化」に,「生殖隔離」は「生殖的隔離」に,「共生説」は「細胞内共生説」に,それぞれ統一するべきである。最後に,「用不用説」のような現在の生物学から見て「古い」用語については,学習の目的・目標設定によるものの,削除すべきである。
7.まとめに代えて
「生物基礎」と「生物」の教科書に使われている用語を検討する中で,文章構成そのものに疑問を持った。箇条書きの文をそのままつなげた段落や,説明の文章を伴わない絵解きや表が多々存在する。例えば,体内環境の維持に関して,副甲状腺の位置や形状とその機能に関して,人体の模式図の中に甲状腺と副甲状腺を図示してそこにパラトルモンの名称と機能を添え書きするにとどまり,本文と呼べるような文章が存在しない。これは,用語の記憶を求める知識の羅列的な提示に過ぎず,生き物とそれに関する学問の有り様,あるいは,生物学におけるものの見方・考え方,十歩譲って,教科の内容を伝えるものですらないと感じられた。
高校生物基礎や生物における「用語の説明の暗記」を求めるような書きぶりは,「生物学」を「暗記科目」として高校生に認識させてしまっている。どのような研究を経てその結論が得られてきたのか,研究やその手法の興味深い面を読み取ることができず,高校生の研究方面へのキャリア形成にも役立っていない。現在の教科書のように暗記を求めるような,「…。これを何々という。」という用語中心の記述ではなく,高校生が表に見える研究成果を理解できるような,研究手法・研究過程やデータを重視した記述にすべきだと考える。

謝辞:本研究は,独立行政法人日本学術振興会・平成27年度科学研究費助成事業(基盤研究C,課題番号:15K00918)の助成を受けて行われた.

引用文献
(1) 文部科学省(2009)高等学校学習指導要領解説 理科編.
(2) 中井 咲織 (2015)「重要語句数の比較から考察する高校生物教科書の課題と展望」日本生物教育学会第98回全国大会 研究発表予稿集p. 24.
(3) 日本学術会議 基礎生物学委員会・統合生物学委員会合同生物科学分科会報告 (2017)「高等学校の生物教育における重要用語の選定について」.
(4) 中道 貞子 (2017)「高等学校「生物基礎」教科書における「用語」と頁数について」生物教育 59(1): 19-25.