理数系教員養成特別プログラム
中学・高校の数学/理科の教員免許を大学院で取得できる

カタバミの生物学を目指して

道ばた,庭先,公園,あるいは田畑の周辺など人が行き交う場所には必ずカタバミ(Oxalis corniculata L.)が生えています。みずみずしい黄緑色の葉を付ける個体から,真っ赤な葉を付ける個体まで様々な色合いの葉を付けた個体を見つけることが出来ます。黄緑色の葉の個体の鮮やかな黄色の花から,赤葉の個体の赤みを帯びた黄色の花弁の根もとに青紫の蛇の目を持つ花まで見つけることが出来ます。
花弁の形にも変異がみられます。例えば,ずんぐりした丸みの強い花弁を付ける個体や,細長い花弁を付ける個体を見つけることが出来ます。
卒業研究の学生さんなどに,出身地や旅行先でカタバミを沢山集めていただきました。その中には,特別大きく育つ個体,柱頭が葯より長く伸びる個体,あるいはいっこうに結実しない個体など様々な特徴を持った個体が見つかりました。
カタバミは,ムラサキカタバミ(Oxalis corymbosa DC.)などと違って,球根は作りませんが,倒伏した枝の節に生じた根は主根のような姿に成長して,個体を更新します。たとえ種子を作らない個体も,栄養繁殖によって簡単に系統を維持することが出来ます。
幸運なことに,カタバミは自家不和合性を全く示さず,自家受粉によって簡単に種子を作ります.そこで,カタバミを育てては自殖による種子を集めることを繰り返して,純系を作出しました。

柱頭と葯が同位置 赤いカタバミの花
    柱頭と葯が同位置     赤いカタバミの花

雄性不稔のカタバミを用いて,教材開発に取り組んでいます
 
 小学校5年理科では,カボチャやヘチマなどの単性花を付ける植物を使って,植物の生殖について学びます。単性花を用いると,受粉をコントロールするために,開花前におしべを取り除く(除雄と言います)必要がなく,実験が簡略化されます。しかし,大きな果実を付けるウリ科の植物は雌花の頻度が小さく,充分な数の雌花を用意することは至難の業です。
 雄性不稔のカタバミは,植木鉢に不織布の帽子をかぶせておくと,果実を付けることなく,次々に花を咲かせます。雄しべに花粉がない雄性不稔の株はちょうど雌花ばかり付ける雌株になります。この花に,雄しべに花粉のある系統(野生株と呼びます)の開いた花を押しつけると簡単に受粉させることが出来ます。

雄性不稔HD株
雄性不稔の花

 雄性不稔と野生株のカタバミ鉢植えをたくさん用意しておくと,教室内で班ごとに,あるいは児童一人ずつが,受粉させたり,させなかったりと実験することが出来ます。また,他の種の花粉をかけて,種が異なると交雑しないことを調べることも可能です。詳細はこちらのpdfをご覧ください。
 現在は、種子による雄性不稔系統の手軽な分譲・頒布を実現するために、正常な細胞質と雄性不稔の遺伝子をホモ接合で持つ核からなる維持系統の作出に科研費の配分を受けて2012年度から3年間維持系統の作出に取り組みました(課題番号24501054)。その成果をまとめた論文を用意しました。こちらから,閲覧できます。
 維持系統の作出に関連して,学会発表を行いました.緑色の葉を持ち匍匐枝を作る高性の系統(SIZ-KGY株)を使った試みを,筑波大学で開かれた生物教育学会第96回大会ではじめて発表しました.発表の内容です.
 維持系統の遺伝子と対応するHD系統の遺伝子背景が適合しないためか,維持系統を使って作成した雄性不稔株が栽培2ないし3ヶ月ごろに自家受粉を疑わせる結実を起こすことが観察された.このような現象を起こさない維持系統と雄性不稔系統のセットも存在するので,生理的な現象を疑っている.V4系統を使った維持系統と雄性不稔系統で生じた自家受粉種子を播種して調べると全てが雄性不稔であったので,これら期待されない結実は,不稔株それぞれの生理的な条件によって偶発的に起こる現象であると考えている.  V4系統を使った回復系統に使った維持系統の作出については,日本植物学会近畿支部大会で最初に発表した.この時は,維持系統が中々得られず,対策に苦慮していた.けっきょく、新たなV4株を回復系統に使い,維持系統の作出を試みたところ,雄性不稔遺伝子が安定して発現する系統を手に入れることができたため,2014年度中に4系統のV4系統を使った維持系統を作出することが出来た.この辺の研究については生物教育学会第98回大会で発表しました.発表の内容です.
 維持系統には側枝が匍匐するものもありますが、狙い通りしっかり斜行してコンパクトに成長する株も得ました.

側枝が匍匐 側枝が斜行
      側枝が匍匐            側枝が斜行

 側枝が斜行する遺伝子を持つ維持系統を使って雄性不稔の種子を作ると次のように,非常にコンパクトに育つ雄性不稔カタバミが得られます.これなら,7.5cm角の育苗ポットからほとんどはみ出さないでしょう.

雄性不稔V4株
側枝が斜行する雄性不稔株

 今は、維持系統と雄性不稔系統のセットを改良することと,雄性不稔系統をメンデル遺伝の生徒実験に応用するために、雄性不稔系統自身の純系化に取り組んでいます。
 カタバミを使った「花から実へ」の研究授業に取り組みたいとお考えの先生はご連絡ください。兵庫県内であれば、雄性不稔系統の種子の提供をはじめ、お手伝いが可能です。

カタバミという生き物の有り様を,様々な系統を用いて調べています

 芽生えた後,カタバミはいったん茎の伸長をとめて数枚から十数枚の本葉をロゼット状に出します。再び茎が伸び始めてからしばらくすると,葉腋の芽が伸び出し枝になります。
 カタバミの成長を観察していると,系統によって枝の伸びる方向に特徴があることに気がつきます。ある系統では,枝の先端はほぼ鉛直上方を向き,別の系統ではほぼ水平を向きます。他の系統では,様々な角度で斜めに伸びる枝が見られます。

カタバミの重力屈性 カタバミの水平屈性
      鉛直上方に伸びた枝         水平に伸びた枝

 また,主茎が伸長せず,いつまでもロゼット型の成長を続ける系統がある一方,発芽後まもなく伸長成長を始める系統があります。ロゼット型成長を続けるカタバミにジベレリンを投与すると,主茎の迅速な伸長が起きることから,ロゼット成長と伸長成長の切り替えにはジベレリンの生成が関わっていると考えることが出来ます。

準備中  準備中 
  ロゼット型   伸長型

 カタバミの葉の色は,鮮やかな黄緑色から,濃い赤色まで変化に富んでいます。純系を相互に掛け合わせ、F2世代で葉色の分離を調べています。微妙な色合いの個体ばかりが出現すると、形質の判定は困難です。しかし、赤みを帯びた個体同士の掛け合わせから黄緑色の個体が分離したときには、親系統の遺伝子型が異なることを知ることが出来ます。

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   葉色と草丈の分離例

 カタバミの花の形にも多型が見られます。カタバミ属の花は花柱と花糸の長短の組合せに特徴があり、異花柱性と呼びます。花糸が長い方の葯と柱頭とがほぼ同じ高さになる花を等花柱花、葯の並びを突き抜けた長い花柱を持つ花を長花柱花、反対に、柱頭が葯の並ぶ高さよりも低い位置にある花を短花柱花と呼んでいます。顕著な短花柱花を付ける系統はまだ見つけていません。  等花柱花を付ける個体は、自発的な受粉でたくさんの種子を付けますが、長花柱花は揺らさないように注意深く扱うと受粉せずに枯れてしまいます。風にそよぐ程度で少数の種子を付けることもあるので、野外では虫が訪れることが無くても少しは種子を付けるでしょう。


等花柱花 長花柱花
     等花柱花          長花柱花